勢いあまってバター!!

どしゃんこ系詩人「かめきゅい」が、思うことをだらだらと。大切なものをとにかく“ぎゅっ”と包み込みたくて。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
←人気blogランキングに参加してます
--.--.-- --:-- | スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-) |

キミが太陽を愛するように、僕は花を愛そうと思う。

かめきゅいです。


知人のブログが、ホワイトデーの話題以来まったく更新されていない。
無事かなって、ちょっと心配。

いやいや、元々そんな頻繁に連絡取り合う相手でも無いし、半年くらい音沙汰無いってこともありえるんだけどさ。
それにそいつの性格からして、ちょっとした理由(マウスが壊れた、とか)でブログが更新されなくなっても、おかしくないし。

でも、ちょっと心配にはなるわけで。

久しぶりに会った共通の友達から、「実はあいつ行方不明でさ」みたいに言われるかもしれねえ。
あるいは「あいつ、なんか記憶喪失らしくてさ」とか。




で、そんな心配をしている今日この頃、とうとう、夢を見ました。
そのブログが更新されている夢を。


目覚めて、急いでネットを開いてみると、やっぱりホワイトデーの記事……。

スポンサーサイト
←人気blogランキングに参加してます

柴崎有香の「次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?」を読んだ。

こんな優しい話を書かないで欲しい。
心が折れるではないか。戦えなくなるではないか。

そう、俺が今欲しいのは、強さなんだ。

危うく、柴崎の語り口に騙されて忘れそうになっていた。
思わず、良い小説だわこれーって和むとこだった。

(いや、良い小説には違いないのだけど)
(でも、和んではいけないのだ俺は)



ふと読み返してみたあるブログの一言のおかげで、俺は気がついた。


このどでかいけどまあるい空間で
永遠に平行線なんてありえない。

加藤が、そう言ったのだ。


数週間前に最初に読んだときにも、俺はこの言葉に感動した。

その感動も忘れた今日この頃、
良い小説を読んで和んでいる俺が、もう一度この言葉を読み返したのは、ただの偶然だけど、
そのただの偶然で、俺は気がつくことができた。


現実は、小説のようにはいかないし。
小説の中の登場人物が失恋で傷めた心を上手く癒したとしても、
それは俺には、実際のところ関係ないことだ。

登場人物とシンクロして、自分の傷まで癒されたように勘違いしているだけなのだから。


俺が必要としているのは……。

今、俺に必要なのは、現実と戦えるだけの強さ。
自分と戦えるだけの強さがなければいけないんだ。


加藤の言葉にこめられた強さが、欲しいんだ。




優しい言葉じゃ、俺は俺自身を鼓舞することはできないのだから。
←人気blogランキングに参加してます
人生とは続いていくたくさんの日々

それはそうなんだけど、特別な日があったり無かったりもする。


例えば、先日は高校の同級生達と飲んできました。
ミクシィのコミュニティで開かれた飲み会。


なので、この日記は、ミクシィで書いた日記とほぼ同じ内容です。

っつーわけで、
かめきゅいです。こんばんは。


そんな高校の同級生達との飲み会。

楽しかった。楽しかったよ。
こうね、なんか、ぶわぁー!!って感じで、楽しかった。
行って良かった!


やっぱり良いねー昔の仲間は。

それに、高校時代にあまり接する機会が無かった人もいたんだけど、そういう人と仲良くなれるのも楽しい。


人と接することに極端に怯えてしまうボク。だけど、相手に岩東的なスピリットを感じとることができた瞬間、恐怖心が薄れるて自然な笑顔になれる。

みたいな感じでね。

……って、いやいや、なんかカワイソウなことをキレイに言おうとしてるけど。
あんた、対人関係恐怖症なの?大丈夫?

みたいな感じでね。


大げさに言いすぎだけど、そこまで対人関係恐怖症では無い。
ただちょっと人見知りなだけで。



ただちょっと、
ただぁー、ちょっとぉー。

えーっと、そうね、人と接するのが面倒だなって思うだけ。



(ここからは長くなりますので、時間の節約のためにできるだけ急いで読んでください)


人と接するのが面倒。
だってさ、人と接する時って、人から嫌われないように気を使うのが疲れるし、嫌われたらどうしよーって不安になるじゃない。だから、そんな疲れるなら一人で過ごす方がずっと楽だし、っつーか俺は基本的に一人で過ごすの好きだし、一人で本読んだりゲームしたりしてる時間が好きだし、そういう自分が好きだからね。まあ、そりゃあ誰かと一緒にいる時間も好きだけど。
いやいや、っつーか本当は一人でいる自分が好きだって思い込もうとしてるだけなのかもしれないけど。本当は一人でいるのが寂しくて、誰かと一緒にいたいと思う。それで、もちろん一緒にいる人は好きな人がいいし、その人からも好かれたいと思う。
でも好かれたいと思って気を使うのは疲れるし、一緒にいて自分が好きになればなるほど好かれたいと思うし、それで、けっきょくはどんどん面倒になっちゃう。それにどーせ俺なんて誰からも好かれないし、どーせ好かれないんだったら初めから好きになってもらいたいなんて思わなければいいし、だったら自分が初めから人を好きにならなきゃいい。でも、人と一緒にいたら好きになっちゃうし、やっぱ人が好きだし、だから嫌われの怖いし、怖いから一緒にいられないし、一人でいるしかないし、だから一人でいることを好きにならなきゃいけないし……


(以上。ここからは普通のスピードで読んでください)



あ、っつーか、これってさ、
俺、明らかに対人関係恐怖症じゃね?

みたいな。

「どーせ俺なんて誰からも好かれないし」
とか言っちゃってるあたりは、もう、末期ですね。


冗談ですよ。
実際はそんなぐだぐだ悩むほど人とコミュニケーション取れない子じゃありません。
冗談。冗談。
っつーか冗談だと思い込みたいだけ?


って、言い始めたらキリが無い。


ホント、冗談なので。
冗談。

……つって、あまり念を押すと本当にそうなのかもって思われちゃうかなあ?心配だわ。

……って、ああ。こうやって心配しすぎるから人と接するのが怖くなるんだね……





はい、そんなわけでかめきゅい、今日は学校のパソコンから更新しました。
(もう卒業したのに、パソコンやりに学校に来ちゃった。)

実際に家でパソコン使えるようになるのは、4月1日の予定です。

それまではチラチラしか見たりできないから。
コメントが来たらメールが来るようにはなってるけど、肝心のそのコメントの内容を見ることができない。

つーか、携帯からネットにつなげないんだけど、なんで!?

悲しいー。
←人気blogランキングに参加してます

FFですわ。
一日10時間までにしておこうと思っていたのですが、ああ、10時間で止められそうにない……


で、いま、エンサの辺りです。レベルは15くらい。


この話の主人公はヴァンなんでしょうね。きっと。
いや、でも、いまひとつ主人公の魅力が……

ゲームとしては、FF10に比べて自由な感じですかね。

特に育て方で悩まされてます。
それぞれのキャラに個性を出させるのがね、難しい。

魔法使いってタイプが居ないのが悩みかなあ。
バルフレアかフランのどっちかがバリバリ黒魔法で行けばいいかなーと思ったけど、いまいちMP少ないのね。
どっちにしろ魔法だけじゃ戦えないんだけどさ。

好みでテキトウに育ててったら、剣士ばっかりになってしまうよ……。



今のところ、パンネロ辺りをサポートキャラとして育てようと思っています。
ヴァンはオールマイティな感じに育てていこうかなあ。ああ、でも主人公は剣でがしがし攻めてくタイプのが好みだなあ……

……あ、そうか。
バッシュを主人公だと思えばいいのか。

忠義の騎士。ああー、しぶい。
←人気blogランキングに参加してます

例えば、以前のブラックワイドショー。
北朝鮮を冗談にしていたよね。

他の国の、自分たちから見たら異質で滑稽な光景を見て、笑ってしまう。


でね、そんな感じでね、
例えば北朝鮮を冗談にして笑っていたとして、

「国が違えば文化や価値観が違うのは当たり前で、それを笑っちゃいけないよ。誰だって自分の国が笑われたら嫌でしょ?ちゃんとそういう違いがあるってことを学ぶべきだと思う」

なんて言ったりする人がいたとするでしょ。

言ってることは正しいかもしれない。
ああ、俺が深く考えずに言った言葉で祖国をバカにされたと感じたなら謝る。


けどね、

異文化理解と異文化を冗談にするのとは違うから。
笑うのと笑いにするのとは違うから。

例えばある建築士のズラを笑ったとしてね、
「おまえ、彼がどれだけハゲのことで苦しんでいるかも知らずに、よく笑えるな!!」
って言われてもねえ。

そりゃあ俺だって、明らかにズラな人に向かって、建築士の話は出来ないよ。

でも、それは、ねえ。

例えば何か冗談を言うときにさ、
これ言われたら傷つくかなーとかこのことは触れちゃいけないかもなーなんて考えてたら、なんも言えなくなるじゃないっすか。

いや、もちろん、それは冗談を言う側のセンスの問題なんだけどさ。
誰かを不快にさせる冗談を言ってはいけないんだけどさ。


例えば、北朝鮮の祭典の映像を見たら、笑っちゃうよ。

たしかに北朝鮮の現状を考えたら笑えない映像だろうけどさ、
いちいちそんなこと考えてたら笑えないから。


だからね、
「そんなこと冗談にして良いことじゃない!」って思う人がいたとしてね、
それは価値観とかによるじゃない。

ある事柄を冗談にしても良いかどうかは、その状況による。
結局重要なのは、一つだけですよ。

“笑えるか、笑えないか”

他の人が笑ってるのに、
「そんなこと冗談にするなんて!」って思う人。

もしも本当にその人にとってそれが不快な冗談だったら、申し訳ないです。

けど、そうじゃなくて、
そういうのは良くないよ!という、
優等生的な、なんかどーでもいいような正義感で言っているのなら、

それはそーいう問題じゃないでしょ、と言いたい。
ねえ、そうでしょ。


というわけで、かめきゅいです。


いや、別に誰かから
「そんな冗談言っちゃダメだよ」みたいなことを
言われたわけではないのですけどね。

ふと、
自分が冗談のつもりで言ってたとしても、それが誰かを傷つけているんじゃ……
みたいなことを思って、
いやいや、そりゃあまあ当たり前だけど、そんなこと気にしてたら笑えねえ。
という結論に至ったというだけなのでした。


少し話はずれるけど、

その、冗談を冗談と受け取れるかどうかっていうライン、
それが人よりも広い方が良いなあって俺は思うのです。


その方が、楽しいじゃん。


まあ、といっても自分が冗談を言う場合は、
それがその場で冗談として通じるかどうかを判断する力は必須なんだけどね。

自分はこのラインまで大丈夫だけど、これは不快に思う人がいるかもしれないな、
ってことを判断するセンス。
そのセンスが無いと、冗談を言えない。


理想は、自分が言う冗談は誰が聞いても面白くて、
他の人が言う冗談は、例え微妙でも面白いと感じられる。

そういうのが理想。
あくまでも理想なので、実際にその通りにできるかどうかっていうのはわからないけど。



そんな、笑いに対しての俺のスタンスでした。
っつーかそんなんどーでもいいっての。と思うよね。ごめん。
←人気blogランキングに参加してます
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。